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はあ

久しぶりに周りが馬鹿にみえた。
俺もあいつらも大してかわらないのに。空気に酔えないときに、自分を責めないで
人を責めるのはあかんね。

今日はひどく寒かったなあ。冬の寒さは、なんだか寂しくなるや。

日本人の人口が統計始まって以来初めて減少したらしい。
一万人の減少。
俺の周りでなくなる人はここ数年いないのに、この一年間で日本だけでも何万人も消えていってるんだなあ。
たまに死ぬのをかんがえるとめちゃくちゃ怖くなる。夜、ねむれなくなる。怖い。
俺にはやりたいことが沢山ある。未練がましいけど。
死にたいって思うのは、俺には理解できないんだよ。こわいから。
友達が死ぬのも怖い。頼むからお前ら死なないでくれ。

今年もあと一週間ちょいでおわるなあ。
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by past-digger | 2005-12-23 00:03 | 詮無きこと

はげ

美容院でやたらトリートメントをすすめられると

男的にはなんだか悲しいものなんですよ・・
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by past-digger | 2005-12-15 20:19 | 詮無きこと

二日連続でのみなの

この季節になると帰り道が楽しみになる。
駅から家までの道に軒を並べた家々に、ささやかながらイルミネーションがともりだしているから。
新宿やら六本木やらのでっかいイルミネーションも好きだけど、俺は個人でやってるほうが可愛くて好きだ。
かってな想像ではあるけれども、ささやかな幸せがつまっているような気がする。
だいぶ優しい光が増えてきたなあ。

考古学をやってて本当に良かったなと思うのは、人間を好きになれたことだなあ。
だめなところもあるけど、すばらしいなあ。なんて人間は面白いんだろ。

昨晩は西アジア関係で懇意にしていただいている先生の家に拉致られてずっとビールのまされてました。最近めっきり酒の量がへっていたけれど、たらふく飲まされた。
先生はよっぱらいまくっているので2時間くらいくどくどと説教やら訓戒をされてました。
何で家にらちられたかって言うと、先生が自分の同棲相手を紹介したかったから。
来年求婚する気らしい。

かなり切れ者の先生だけど、酔っ払うとなかなか面白い。
深夜にいきなり生徒を自宅に連れ込んで、恋人をたたき起こすとき、
部屋にはいるまでは豪快なことを言ってたけど、部屋で彼女と会話してるときは
かなり「ごめんね」を連発してた。たぶん、俺がきたことで今日の昼くらいには喧嘩でもしてたんじゃないかと思う。

その帰り道で思ったことを書いていたわけです。人間は、すばらしい。

そして、俺は先生の家を出る際に、いづれからかってやろうと郵便受けのネームプレートに二人の苗字が並んでるのを激写してきた。俺は・・・だめ人間だわ。
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by past-digger | 2005-12-11 23:16 | 詮無きこと

偉人伝

自分がすんでる町はあんまり知られていないが、ラブホだけではなく
あの正岡子規が住んでいたことでも有名だったりする。

正岡子規は、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読んで知るまでは教科書程度の知識しかなく
有名な俳人でしかなかった。
ところが、子規の業績に触れ、住んでいたのが根岸だということを知って興味が沸いて
高校の頃に調べたことがある。
ま、長くなるからその詳細は言わないけど、熱意の人であったというのが自分の率直な感想
で、それは34年間の彼の人生でそれまでの俳句を徹底的に改革し、伝統的な俳句世界と
戦い続け、短歌にまで手を出し、変えていこうとした彼にはあたりまえすぎる言葉かもしれないが。
晩年は病気で起き上がることすらできなかったのに活動をし続けたという。
命をカンナで削るように、それでも活動していた。

「柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺」

は彼の代表作で誰でも知っている。子規の作品は徹底的に写実的であろうとしたことに
特徴があるらしい。よくわからないのだが。
そのなかで、自分が気に入っているのはおそらく写実的ではないとおもわれるこの句

「行く我に とゞまる汝(なれ)に 秋二つ」
これは子規が従軍記者(子規は新聞社員の職についていた)として大陸へ渡るときに
親友夏目漱石におくった句。
秋が二つなんてことは、写実的ではない。と自分は思うけれども
親友との別れを惜しむような、お互い別々でも頑張ろうと伝えているような
温かい句で自分は好きである。

とにかく世の中にはすごい人が多い。

例えば、宮本常一(1907~1981)という民俗学者。
民俗学は基本的には都会ではなく、農村などで常民と定義される
一般人、中でも農民とか漁師とか、一般人の中でも常に下にみられているような
人たちが生活の中で綿々と蓄えてきた知識を掘り出し、記録していく学問だ。
いきおい日本中の農村やらをまわらなくてはいけないし、それは民俗学者なら
誰でもやることだけど、この人は尋常ではない。

なんと、彼の73年の人生で旅した距離、およそ12万km。地球三周分。
しかも日本国内だけで、基本的に徒歩で、だ。
おそらく地球が誕生してこのかた、彼ほど日本中を練り歩いた人はいないんじゃないか。

彼が徒歩で旅行をしたのは、車とかで移動しているとふと見落としてしまうものが
沢山あるから。それはわかるが、全部徒歩での旅行は、大変なんて言葉では示せないだろう。
費用もかなりぎりぎりでこじきの様な格好で旅していたらしい。
突き動かしていたのはなんだったのか。使命感か、楽しみか、ほかの何かか。

彼は常に「学問のための学問であるなかれ」といっていたらしい。
それを自ら示すように、各地をまわって学んだ農業の技術をいくさきざきで伝えて向上を図ったり、離島で暮らす人々の生活を良くするべく誠意的な活動を行い、政府を動かすまでにいたっている。文学部にはいって、自分を世界に用なしと定義していた身としては
衝撃的ではあった。

彼が日本中を這い蹲るようにまわって集め、遺した資料は膨大すぎて死後二十年たついまでも整理ができず、彼の功績はきちんと評価できていないらしい。
とはいえ、まちがいなく人類史にのこる偉人だろう。

彼がよく口にしていた言葉にこんなものがあるらしい。

「新しい場所に行ったら、まず初めにその場所で一番高いところへ行け。
話し手になるな、聞き手になれ。
人がのこしたものを見ろ。自分たちは落穂ひろいでいいんだ。」

これは、彼の父親から言われた言葉らしいのだけれども、
単純であるが啓蒙されるような言葉であると思う。
どのような学問でも、また学問に限らずとも、世間を見るときに大事なことを教えてくれているような。

子規しかり、宮本常一しかり、自分が電灯なら、彼らは太陽であるかのように
光り輝く熱意がある。
とにかく、世の中にはすごい人が多い。
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by past-digger | 2005-12-04 14:57 | アーケオロジー

やだなあ

なんで、こんなに欲しがるんだろ?
いま満ち足りてることを痛感する瞬間があるのに、なんで忘れる瞬間があるんだろ。
欲しがってるのに、欲しがってるものがわからね。なんでだろ。
やだなあ、いろんな人きずつけてるなあ。やだなあ。
久しぶりに自分が消えればいいとかおもっちった。
そーなると、ハートに穴が開いてるみたいな気分になるのです。


さけびてぇー。誰にもわかんない感じでさけびてぇ。
あえて言葉にあらわすとしたら「◎□〇×!#%☆でごわす」ぐらいのかんじがいい。
誰か俺に東京ドームくらいの誰もいない空間とマイクを頂戴。

オ~ロロ~ン
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by past-digger | 2005-12-03 22:08 | 詮無きこと

頑張ったわ

今月の11日に関東学生史学会という早稲田とか慶應とか東大の学生があつまって考古学だけじゃなくて歴史全体の発表をしあうみたいなマイナーかつ数年後にはつぶれてしまいそうな会があって、そこで自分は発表することになっているわけです。

なので3週間くらい前からその準備に追われてました。
その発表の原稿が、文字だけだけどついに終わりました。

総文字数19999字。

いや、さすがに頑張ったでしょ。卒論にできるって文字数的には。
まあ、3週間しかかかってないし、一応西アジアにしたけど自分が本格的にやりたいテーマでもないから卒論なんかにはできないけども。けども。
なんだか二年生のうちにこういう形にできるものを残せたのはなんとなく嬉しい。
それに、この二年間西アジアの考古学を勉強してきた知識はつめこんだはずなので、まったくの素人の論文ではなくなったんじゃないかとは思うんだ。

まあ、ぶっちゃけ文献史学やってる人ばっかしだから
きっとみんなこんなマニアックな話きいてくれないんだろうけどさ・・・

でも、自分の考古学人生の大きな一歩として。
ひそかに自慢してみました。鼻でわらってやってください。
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by past-digger | 2005-12-01 02:33 | アーケオロジー