カテゴリ:アーケオロジー( 6 )

考古学とか歴史とかあと、アジサイ

日本代表このやろう!!
早々にワールドカップおわらせやがって。おかげでこっちは
四年後の自分を考えてすこし鬱になるところやったやんけ。
たぶん博士課程になってもう社会人に戻れないもんもんとしたかんじになっているにちがいない。

そうそう、最近も考古学づけです。考古学以外のものに触れていない自分を恐れつつ。
なんで考古学は楽しいのか?それはおそらく開き直れるからです。
自分は社会に役に立たない人間だぞと。
すきかって趣味やっていきてやるぞと。
考古学の人間に対する需要が少ないのはあたりまえ、だって趣味で生きていこうと思ってる
あまちゃんですから。

あまちゃん万歳。でも20代半ばをすぎると将来のこと考えると笑えなくなるだろうけどね。

最近思うのはどこまでいっても俺らが語ることはお話にすぎないだろうなと。
すごくむなしいような、だからこそ好き勝手できるような。
過去に人間がなにやったかは現実に復元されているんじゃなくて学者の頭の中で
考えたことがさも現実のように言われてるだけなんだな。

そうするとね、君等。ブログを見てくれてる人たち。
俺はたまにえらそうにしったかして歴史を語るけど、真実なんか語ってないんだよ。
俺のいうことなんか信じなくていい。誰のいうことも信じなくていい。
自分で見て、読んで、感じたことを信じればいいんだと思うよ。

あとは、自分がそれを歴史として認識するかの問題だよ。
歴史はどうやら60数億通り用意されているらしい。

そうすると考古学者だけじゃなくて歴史学者全体がやってることってなんなんだろ。
自己満足かな。そうだろうな。

でも、誰もが歴史について知るべきだとは思ってるんだ。
過去を知ることで今にいかせることなんかほんの一握りしかないけど
それを知る過程で歴史というものをいかに認識していくかで
世界の見方が変わってくる。もらいものじゃない世界が見えてくる。

そうすると、なんだか楽しいよ。

ということで、最後のしめをなげやりつつ終了。

歴史を勉強してるチャイ語はどう思う?
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by past-digger | 2006-06-24 09:27 | アーケオロジー

偉人伝

自分がすんでる町はあんまり知られていないが、ラブホだけではなく
あの正岡子規が住んでいたことでも有名だったりする。

正岡子規は、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読んで知るまでは教科書程度の知識しかなく
有名な俳人でしかなかった。
ところが、子規の業績に触れ、住んでいたのが根岸だということを知って興味が沸いて
高校の頃に調べたことがある。
ま、長くなるからその詳細は言わないけど、熱意の人であったというのが自分の率直な感想
で、それは34年間の彼の人生でそれまでの俳句を徹底的に改革し、伝統的な俳句世界と
戦い続け、短歌にまで手を出し、変えていこうとした彼にはあたりまえすぎる言葉かもしれないが。
晩年は病気で起き上がることすらできなかったのに活動をし続けたという。
命をカンナで削るように、それでも活動していた。

「柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺」

は彼の代表作で誰でも知っている。子規の作品は徹底的に写実的であろうとしたことに
特徴があるらしい。よくわからないのだが。
そのなかで、自分が気に入っているのはおそらく写実的ではないとおもわれるこの句

「行く我に とゞまる汝(なれ)に 秋二つ」
これは子規が従軍記者(子規は新聞社員の職についていた)として大陸へ渡るときに
親友夏目漱石におくった句。
秋が二つなんてことは、写実的ではない。と自分は思うけれども
親友との別れを惜しむような、お互い別々でも頑張ろうと伝えているような
温かい句で自分は好きである。

とにかく世の中にはすごい人が多い。

例えば、宮本常一(1907~1981)という民俗学者。
民俗学は基本的には都会ではなく、農村などで常民と定義される
一般人、中でも農民とか漁師とか、一般人の中でも常に下にみられているような
人たちが生活の中で綿々と蓄えてきた知識を掘り出し、記録していく学問だ。
いきおい日本中の農村やらをまわらなくてはいけないし、それは民俗学者なら
誰でもやることだけど、この人は尋常ではない。

なんと、彼の73年の人生で旅した距離、およそ12万km。地球三周分。
しかも日本国内だけで、基本的に徒歩で、だ。
おそらく地球が誕生してこのかた、彼ほど日本中を練り歩いた人はいないんじゃないか。

彼が徒歩で旅行をしたのは、車とかで移動しているとふと見落としてしまうものが
沢山あるから。それはわかるが、全部徒歩での旅行は、大変なんて言葉では示せないだろう。
費用もかなりぎりぎりでこじきの様な格好で旅していたらしい。
突き動かしていたのはなんだったのか。使命感か、楽しみか、ほかの何かか。

彼は常に「学問のための学問であるなかれ」といっていたらしい。
それを自ら示すように、各地をまわって学んだ農業の技術をいくさきざきで伝えて向上を図ったり、離島で暮らす人々の生活を良くするべく誠意的な活動を行い、政府を動かすまでにいたっている。文学部にはいって、自分を世界に用なしと定義していた身としては
衝撃的ではあった。

彼が日本中を這い蹲るようにまわって集め、遺した資料は膨大すぎて死後二十年たついまでも整理ができず、彼の功績はきちんと評価できていないらしい。
とはいえ、まちがいなく人類史にのこる偉人だろう。

彼がよく口にしていた言葉にこんなものがあるらしい。

「新しい場所に行ったら、まず初めにその場所で一番高いところへ行け。
話し手になるな、聞き手になれ。
人がのこしたものを見ろ。自分たちは落穂ひろいでいいんだ。」

これは、彼の父親から言われた言葉らしいのだけれども、
単純であるが啓蒙されるような言葉であると思う。
どのような学問でも、また学問に限らずとも、世間を見るときに大事なことを教えてくれているような。

子規しかり、宮本常一しかり、自分が電灯なら、彼らは太陽であるかのように
光り輝く熱意がある。
とにかく、世の中にはすごい人が多い。
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by past-digger | 2005-12-04 14:57 | アーケオロジー

頑張ったわ

今月の11日に関東学生史学会という早稲田とか慶應とか東大の学生があつまって考古学だけじゃなくて歴史全体の発表をしあうみたいなマイナーかつ数年後にはつぶれてしまいそうな会があって、そこで自分は発表することになっているわけです。

なので3週間くらい前からその準備に追われてました。
その発表の原稿が、文字だけだけどついに終わりました。

総文字数19999字。

いや、さすがに頑張ったでしょ。卒論にできるって文字数的には。
まあ、3週間しかかかってないし、一応西アジアにしたけど自分が本格的にやりたいテーマでもないから卒論なんかにはできないけども。けども。
なんだか二年生のうちにこういう形にできるものを残せたのはなんとなく嬉しい。
それに、この二年間西アジアの考古学を勉強してきた知識はつめこんだはずなので、まったくの素人の論文ではなくなったんじゃないかとは思うんだ。

まあ、ぶっちゃけ文献史学やってる人ばっかしだから
きっとみんなこんなマニアックな話きいてくれないんだろうけどさ・・・

でも、自分の考古学人生の大きな一歩として。
ひそかに自慢してみました。鼻でわらってやってください。
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by past-digger | 2005-12-01 02:33 | アーケオロジー

鹿の解体実験について

先日鹿の解体実験に行ってきましたよ。

主旨は石器で鹿を解体して、実際に石器でどのくらい解体できるのか、また
解体の際石器にはどのような使用痕が残るのかを見ること。
解体する鹿を得ることからはじまる。

かなり長文。

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by past-digger | 2005-11-07 21:52 | アーケオロジー

西アジア

昨日の飲み会の話

うちの専修には自分が専門にしたいとおもっている西アジアの教授はいないけれども、
非常勤で一人先生がいます。
日ごろからめをかけてもらっているようで、某大学の博物館でアルバイトをさせていただいてるのも
その先生のお陰なのです。
先生の名前はOさんと言います。Oさんがきのう自分の前に来て、開口一番
「シリアに行かない?」と言ったからビックリ。
確かに前に発掘に行きたいとは言ったことがあるけど、本当に話がかかるとは。
ただ、シリアにいくといっても今年ではなく来年の夏で、確実にいけるかもわからない。
概算は高いようだけれども。

そりゃあね、本当に西アジアに行きたいからその話しを聞いた瞬間には本当に嬉しかったから
テンションは俄然UPですよ。
でも、Oさんに幾つか条件を出されました。

①飛行機代20万程度の自己負担
②西アジア考古学の勉強をつむこと
③院生レベルまで発掘の腕をつけること

①はともかく②と③は結構厳しいかも。あと一年もない期間で西アジアの考古学の範囲を
シリアだけじゃなくて把握しなきゃならない。それに、院生レベルまで発掘の腕をつけるっていうのも。ためしにOさんにうちの院生で一番できるとおもわれる人の名前をあげて

「〇〇さんなら連れて行けますか?」

と聞いたら

「〇〇が最低レベルだな。」

だって。きびしー。正直今の俺はその人の弟子みたいなもんで、まだまだ肩をならべるどころではない。師匠の五年間かけて磨いた技術を俺は2年半でみにつけなきゃいけないんだね。

でも、正直いうと条件の方はあんまり気にしてないんだ。
満たせるかはわからないけど、来年の夏までの自分のモチベーション維持のいい理由ができたと思うし。たぶん今まで以上に頑張れるだろう。

それに、やっぱり嬉しい。西アジアに連れて行ってもいいと思う人間に自分を選んでもらったことが。もちろん今の段階で連れて行けるというわけじゃなくて、Oさんには

「今の君の知識は15点。」っていわれたけど・・・・

だけど、期待してるとも言ってくれた。院生に西アジアを研究している先輩がいるんだけど、
その人には話しをせずに自分にだけ言ってくれたということ。過分ではあるけれど嬉しい。
きっとOさんはこいつなら条件を満たせると信じてくれたんだろう。
院生の人がお嬢様だっていうのもあるだろうけど。

シリアは夏には日中40℃をこえる過酷な気候条件だし、日本人数人でシリア人の作業員さんを使わなくちゃいけない。たぶん、自分が来年シリアに行ったら自分よりはるかに年上の人たちにアラビア語で指示をださなくちゃいけない。
毎年日本人の調査員さんの半分くらいは血尿だしてるらしい。
そういうところで、タフだっていうのは見せ付けてきたから、それも大きな要因なのかな。

あと、決定的なのは人員がたりないらしいです。調査団。
つまり、自分は運がいい。めぐり合わせがすごくいい。博物館で働いてるのもそう。
登れる古墳では日本一でかい古墳を測量できたのもそう。考古学に関しては本当にめぐり合わせがいい。これを活かさないのはアホだろう。

でも、すこしシリアに行くかどうかを考えようと思う。
なんで自分がシリアに、西アジアに発掘にいきたいのかがはっきり見えない。
ただの憧れなんじゃないかな。もしくは学部生で海外に発掘に行ける人なんかほとんどいないから他の人より早くいって優越感にひたりたいだけなんじゃないかな。
たぶん、自分が研究したいという理由が半分くらいで、上にあげたような理由が半分。
そんなんでシリアにいっていいのかな、と。
きっと自分の研究者としての人生を決めるような経験にはなると思う。
西アジアの研究にさらにのめりこむかもしれないし、つらい経験して挫折して考古学やめるかもしれないし、日本に転換するかもしれない。
だから、中途半端な気持ちではいきたくない。
まずは、勉強して、腕をつけて。西アジアのことをもっとしってから
自分が西アジアの考古学界で何をしたいのか。シリアにいって何を吸収したいのかを
はっきりさせたい。
くだらない理由と半々じゃなくて、九割くらいでもいいから
自分の研究のため、考古学をやっていく上での意義をみつけられたなら
そのときはシリアにいってこようと思ってます。

というわけで、長々と私情を書きまくりました。申し訳ない。
でもなんか、書きたくてね。決意表明みたいなもんかな。

まずは20万ためなきゃだー
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by past-digger | 2005-10-13 21:13 | アーケオロジー

解釈とかうんぬん

さてさて、みんなにさぶいぼたてさせたあたりで久しぶりに考古学の話でもしょうかな。

そういえば、一旦ブログを消す前にはほとんど考古学の話しなくなってたな。
別に情熱が薄れたわけじゃなくて、ただわからないことが本当に多くてかけなかっただけなんだけど。

昨日久しぶりに友達と話をして思ったこと。

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by past-digger | 2005-10-02 10:11 | アーケオロジー